2010年03月04日

今時の小学校

いじめの解決の最後。
どんな対応になったか、教えてほしいとお願いした担任は
翌日の夕方、報告に来てくれました。

「聞いてみましたが、しっかりしているように見えてどうして言ったのかは、
もうひとつよく覚えてないということで・・・」

「みんなの前でですか?」

「いや、それはお母さん、今はしません!」
(??聞きたかったのはクラスの子どもたちに、どう対処をしたか、
ということですよ・・・)

そんなことが現実にあったということ、
なにも知らせずに終わっていくんですね。
今は昔とはちがう。
やってしまった人がまた、なにか言われることを心配する。
行き届いた配慮ということか・・・

以前、前に卒業した子どもさんがいる商店主と話したことがある。
運動中、息子さんがボールをよけようとした後ろに人がいて、
大きい息子さんが転んで上にのってしまい、相手は手を骨折した。
学校から謝罪に行くように言われ行ったけれど、お父さんが
対応するだけでお母さんが姿を見せない。二度目に行った時には
加害者という言葉を使われたと悔しそうだった。
学校の対応はそんなもんだ。

今の学校はともだちにあだ名をつけることも、
下の名前で呼びすてにすることも禁じている。
それじゃあ、私の小学校時代はみんなできずつけ合っていたのだろうか・・・
下の名前で呼び合うことがカッコいいアニメも多い。
それでもやっぱり、基本は昔と今はちがうんです。

またあるような気がしてしまう。もっと他にもいろいろあるような
気がしてしまう。言われて、傷ついて、傷ついたことが
次の何にもつながらないように思えるのはなぜだろう?
ホントに昔より配慮のなされた、いい教育ですか?

先生方は休職する先生がいないから、授業中に立ち歩く児童がいないから
この学校は荒れてないと、他の学校と比較して強調する。
でも、学級崩壊をくい止めるため、押さえ込むようなところを感じてしまう。

あっというまに過ぎて行く時間の中で、
子どもたちの学校生活はとても忙しい。
もちろん、先生方に余裕は見えない。

どうしてそれほどみんな忙しいの?
とりあえず、私の疑問はいつもそこへたどりつく。
忙しそうだから、言っても無駄だと思ってしまえば、
保護者はだんだん遠ざかる。
私もこれ以上はだんだんムリ・・・
担任にいくら言ってもしょうがない、、、ですね。
公務員の世界は民間よりも上司に逆らうと、大変なのもわかりますから。

あるのは大きな壁、です。

私、どうにもならない大きなこと言ってます?

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posted by U-sap at 11:14| Comment(2) | つぶやき的、私日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

忙しさですり減る心

この三月も子どもたちにはいろいろある。
卒業式と修了式で20日までのようなもの。
1年から6年までがグループになり、
いっしょに給食を食べて別れを惜しむ。
それから6年生を送る会、5年生が卒業式にも出席する。

お年寄りや妊婦体験、
幼い子どもとの体験、
茶道やお花など日本文化の体験、
最近は英語、エコの学習
子どもたちが学ぶことは増える一方。

私なら詰め込まれれば詰めこまれるほど、
いいかげんになりそうだけれど、今の子どもたちはちがう。
きちんとまじめにやる。
だから、きちんとクリアしているように見える。
でも、それがその場だけのクリアではないのか、
最近、なにかにつけて思う。

長期宿泊の作文集は壮大なものだった。
私は感じたままに先生に伝えました。
「長い文章も難しい漢字も充分書ける5年生ですね。
字も上手で感心しました」
先生からはたしかこんな風に返ってきました。
「5年生が大人の文章の基準となってます」

今の子どもたちはもくもくとやる。
みんなと同じにできないなどということはあり得ない。
できない子は論外。やらない子は、ったくぅ・・・な存在。
高学年になればなるほど、自然となんでもが競い合いになる。
版画もそうだった。ほとんどみんないっしょのできあがり。
担任はおちこぼれを作らず、みんな同じような結果がでたことを
おたよりで伝えてくる。点数での評価はつけない。
できなければ居残りしても、宿題になっても手を抜かず仕上げる。
土、日に出かけられないとボヤくお母さんがいた。

家庭科の実習のお茶碗洗いを参観しての感想。
声も掛け合わず、洗い終わった茶碗をまた洗ったり、
取り合いするように作業していた。
家へ帰ればいくらでもお手伝いできることはあるだろうに・・・
きっと家では頼まれてもしないんじゃないかな。
頼まれることもないかな。


三月は去る、言葉通りに卒業式までがあっという間。
はっきり言って「総合」の時間には
用意されたナゴリを惜しむ時間はある。
でも、自分としてはどうだろう?
少しひたることが必要じゃない?
今、この時をリアリティを感じて過ごすこと。
自分の心境を、自分自身で味わわないと過ぎてしまう時間だよ。

言えることは・・・
少なくとも、忙しさはそれを許さない。
プラス、忙しさですり減る心を感じます。

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posted by U-sap at 11:32| Comment(0) | つぶやき的、私日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

1/2成人だから

今年、成人式の式典でカメラマンが仕事をしてはじめて知った。
成人式って教育委員会のお仕事なんだぁ。
小学4年生が「1/2成人」として出席していた。

今年も各地で式典で騒いだ成人がいた。
あるところでは、逮捕ということにもなっていた。
よく勉強できる子だったらしい、と聞けば
成人したとたんの逮捕なんか、もったいなくて仕方ない。

帰ったカメラマンから聞いた話では、市長の肩を親しげに
ポンポンした人がいたとか。うーーーん。。。


今日はいよいよこのあいだ読み聞かせした6年生が、
卒業式を迎えた。
目の前に立てば、うわっ!大きいね!!と思う。
でも、みんなで並ぶ姿はまだなんかどこか、子ども体型、
顔を見ると、こんなにまだおぼこいんだと思う。
このあと中学3年、高校3年、その途中の成人前でも
社会に出る子もいる。

学習するって勉強だけじゃないのが義務教育だと思っている。
どんどん吸収していくのが子ども。
子どもはいろいろ学んで大人になっていく。
もちろん難しい学習にも追われるようになる。
基本はやっぱり子どもの間の仕事は勉強でしょ。
それでも、大学では学ぶ必要のないことを高校で、
高校ではもう学ぶ必要のないことを中学で
中学ではもうすでにわかってなければならないことを
小学校ではたくさんたくさん学び、経験してほしい。

子どもがいじめられる体験をして、特に感じた。
机の上の学習だけじゃなく、
教室にたくさんいるともだちの中で
11歳の今だからこそ学べることを。


幼い子どもは無法状態、時にとても残酷なこともする。
でも、いつかどこかで神様をみつけだすと私は考える。

いいことをすれば神様がみている
わるいことをすればまた神様がみている

神という考え方も、もちろん人それぞれだと思いますよ。
私は自分だけの神様に守られているように感じて
生きています。


子どもたちには自由と選択が許されている。
自由には責任がついてくることを
成人を迎えるまで、しっかりと覚えていってほしい。

誰でも失敗をする。
人生の中では何歳でも何回でも失敗はあり得る。
でも、失敗しても負けないで、乗り越える力。
乗り越えて、もっと素敵な人になっていく。
人は強くなれる。
変われるものだからね黒ハート


来年はわが子が卒業。
るんるん黄砂に吹かれて〜 ゴホゴホゴホ・・・バッド(下向き矢印)
ゼロゼロとしんどい春だけど、
元気に巣立ってほしいと思います。
ちょっと、この季節が心配よー(長音記号1)
先のこと考えるの好きな、お母さんらしいでしょ。
でも、トラウマやしたらーっ(汗)

『人権』
どこまでもどこまでもややこしくてむずかしい言葉。
たいへんなばかりで、たいしたことは書けませんでしたが
強引に結びます!

いじめなんて、乗り越えていくさ!!パンチ

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posted by U-sap at 17:38| Comment(0) | つぶやき的、私日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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