2012年10月31日

人間の厳しさと甘さ

「それにしても・・・親の顔が浮かばないのかしら?」
最近の悪いことをする子どもたちの様子にエミさんは言う

「うーん・・・顔が浮かんだらそんなことできない。浮かぶ顔がないんじゃないですか。
反対に困ればいいみたいな関係とか」


前から書きたいと思ってきましたが、最近またよく思うので書いてみます

人間の子どもを人間の大人にするには
人間が人間の「心」を入れなければムリなことがある
人間が人間であるためにはなにがあっても
人間の「心」を持ち続けているという強い誇りがだいじなこと

他の動物と人とのちがいは「心」
私はそう思います


残酷なニュースが跡を絶ちません

他人への無関心 事なかれ主義
失われていく人とのつながり
隙間の多い社会
時代といえば時代

子どもがやったことは親の責任か?
子どもが小さいうちは親子関係、楽しい〜良好〜〜
それがもちろんそこでストップするはずはなくて

最近、ちょっと聞いた言葉が
「女の子だからいいわね〜」
これは男子中学生を育てる母たちの言葉
むずかしい年頃をどのように乗り切るか
勉強勉強とさせてきたことが実を結んでくれたならスムーズ
でも、ああ難しい
お母さんには理解できない世界を密かに持っているかもしれない
今のネット時代にはなにが起こるかわからない
起こる事件に警察がついていってないなんて言われてますけど
親なんてもちろんついていけるはずありません
まあ、それには女の子はまだ身近において守りやすいということでしょうね

問題は学校にある いや親だ!! という意見も多い
でも、とにかく見えないわからないのだからしょうがない
私の子どもの頃も親が子どもの言うことについてくる
そんな感じでしたよ
親って食べて行くために働くことで忙しい
少ないながらも子どもが必要と言う言いなりにお金をしぶしぶ出して
でも、今はどんだけでも自由にさせられるお金を持ってる親もいる
なければないで、親の監視下を離れて悪いことをする
その道をのぞく時・・・・・・・
自分を見失うのか
見失ってはいけないと引き止めるなにかが
心の中でつぶやくか・・・・・どうか・・
人間の心が入ってなければ獣のようなもの
心の弱さもある
大人になったって心が折れる
案外弱い大人もいます 人ってもともと思うほど強くない

ところが、
昔は単純な獣でああやってしまったかもしれなかった
単純に貧しさゆえん、教育がなく知識がないゆえんのように
でも、今は頭脳と心も一度は持った人が
心がキレるように恨みを爆発させて悪を選んでしまうことが
起こっているような気がしてならない
生きてる楽しみがない必要がないと思えば、どんな力も出して
豊かに平和に生きてる人を巻き込む
一番にはテロがそうですね
それから、
ヒマつぶしに、たとえ自分の終わりが見えてもやりたいことをやる
それでも、食べて行くということは一番にありますから
お金を求めていきます
怖い世の中 怖い時代突入でしょうか


洗脳するなら「人間のあたたかい心」 小さい子どもの時から!!
子どもがやったことの責任がすべて親にあるとは私は思いません
あるところからみんな1人の大人になります
でも、何歳になっても親であるかぎり、すべて子どものことは
親である自分に返ってきます
自分が死ぬまで背負っていかなければならないこととなるのです
自分自身の甘えが子どもの取り返しがつかないことに及ぶ前に
厳しさの意味を大人の親が考えるべきではないですか?

子どもを人間の大人に育てるってむずかしい
日々頭を悩ます子どもとの関係です
でも、今 だから(^_^)
忙しいでは済まないですネ!!

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posted by U-sap at 10:30| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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