2011年10月04日

NHK『おひさま』感想

『おひさま』終わりましたね。

高視聴率だったようですね。
私もめずらしく見てました。まあ後半ですけど。

春に父のお葬式で会館にお泊まりした朝、
親戚一同でテレビを囲んでいたのを私は後ろで見てました。
おじちゃんも若いお父さん世代も。
ほとんどみーんなですよ。フシギな気がした。
そんなにおもしろいんや・・・

あれは最初は大津波を知らずに撮影されてたんですものね。
戦争後の家族の絆を上手に描いていたと思います。

ただ、最終回を見て、けっこうネット上の感想にも書かれていますが、
脚本があまい、みたいなこと。
でも、全体とてもよかったからいいです、みたいな。

私はけっこう最後の方、ブーイングです。
そんなんあるか どんっ(衝撃)
大きなハプニングを期待していた

たとえば、お父さんが友人が病気と出かける多治見
あの送り出しのたいそうなナレーション
ああ、ダンナ様、事故かなんかで帰らぬ人となるんや・・・
期待しました

ひなこちゃん、ええーっやけど exclamation&question
・・・次回までお待ちください・・・・・
で、あんなたいそうにお湯を頭からかぶったように見せておいて
腕のちょっとのやけどかい

そーゆーの見ると、視聴者シラケる
それならふつうに見せてくれたらいいし

結局、白紙同盟? だったか
みんなトシとっても全員元気に長生き
家族もみんなふつーうに順風満帆な人生生きていきましたとさ ハートたち(複数ハート)

長男さんだけは戦死されましたけど

生きて行く人のつまずきが、みんな小さすぎたかな
それが一番の私の感想です。


リアルな人生ってそんなにうまくいかない
お金の苦労だって、家族一丸となったってうまくいかないときはいかない
ゼロからの出発なんて、うまくいったとしてもも元に戻るだけでも何十年
家族の長引くような病気やケガもある
友達だって、仲良くたって会えなくなる事情を抱える場合もある
トシとってくれば自分自身の葛藤だってある

そんなのがほとんど描かれていないと思いました。


所詮つくりものですね〜
なーんて言われないものを見せてくださいネ!!

俳優さんはよかったですね
黒柳徹子さんはピッタリ、イメージ通りでした。


終わって、さみしいなぁ・・・
はあまりなくて、自由になった気分です。
決まった時間にテレビを必ずつけなくてはというのは
今の私にはちょっと苦痛です。

次は『カーネーション』
はじまってますが、まだ見てません

おもしろいと話題になれば、また見せていただきますね!

今のテレビって、わが家ではそんな見方です。

忙しいんやね〜〜あせあせ(飛び散る汗) でも、
寝るの早いの。それが真実ダッシュ(走り出すさま) ですあせあせ(飛び散る汗)
夜のテレビをやめると、夜のお母さんお仕事は
超はかどりますぅ
やめられないパンチ


HI3H0521-1am.jpg
なんでしょう?

HI3H1323-1am.jpg
秋までそのままにしておきました
自然風花壇で、けっこう発見がありますよ

急に冷えましたから、風邪には気をつけましょうね(^_^)
posted by U-sap at 10:32| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

リアルな夢を追いかける

ブログのしめくくり
有言実行型U-sapですからUPするだろうな・・・
思いました?
たぶん長いですよ
書くのが好きなの〜〜ハートたち(複数ハート)
だ〜か〜ら〜
ブログはやめませーんー(長音記号1)


若者は夢をもってどんどんできることを増やしていく
トシをとると夢を手放し、だんだんできていたことができなくなる
今年父が亡くなりましたが、5年くらい前、
私は子育て中の子どもと介護が必要になっていく父に、
そのようなことを重ねて見ていた時期がありました。
できることがどこかで交差するように反対になった。
自分自身ももう大きな夢を追うことはない年なんだと感じます。
人って、子育てしながら夢を子どもに託しますね
最近「やさしい虐待」なんてテレビで見て、やっぱり勉強しかないかっバッド(下向き矢印)

その子どものこと
今朝、黒豆のビックリ水まではタカタカとやってた。
で、それをカメラマンがケータイで動画を撮った
そこからがアカン爆弾
事務所行って、ストーブの前に座り込んで、動画を見せろと言ってる
「この忙しい日になにやってるの爆弾そんなの後回しにして、そうじしなさいどんっ(衝撃)
言われないとわからないのが、まだまだ中学生
人は経験で変わっていく〜〜変わって行く人が好き〜黒ハート
人間としてどうよ
そんな人になってしまっては取り返しがつかないので、ダメなことはガッツリ怒ります。
子どもの将来、不安ですねぇ
不安になるとついキツくなる
怒り過ぎか? いやいや・・・
子どもはホメて育てるとか
なんかちがう・・・・・ちがいません?
私はおさんですぅ
ああ久しぶりですねぇ、このフレーズ
命の大切さ はかなさ
子育て中にそれを考え込むようなことがあると、
いたたまれない気持ちになるのがお母さんですが
でも、守りすぎても
どうなの?
命は長さじゃない
短くたっていかに生きたか
そうして考えたのがエンディングノートというテーマ
エンディングに向けて、どのように生きて行くのがいいか
早く考えておくのにこしたことはない、でしょ?
流行みたいですね。
人がトシとともにどのように変化していくのか
どのようになっていくのがいいのか
そのためにはなにが必要か
ヘルパーって職業はいろいろ考えることができます。
これからの子育てにもとてもいい勉強になります。
ヘルパーの仕事は今の所、今までお金をもらってした仕事の中で一番楽しいかも・・・
と思うことが多いです。
自分を待っていてくれる人がいる
時間をきっちりと守らなくては
私にとってこの意識をきちんと持てた仕事は今までではじめて。
イヤイヤやってないってことがわかりますね(^_^)

夢というのは大きなものばかりでなく
本当は自分の身の回りにたくさんあると思います
小さい単位ではやっぱり家族にあると思う
小さいか大きいか
どう感じるかは自分がつくりだすもの
身近なリアルな充実というのは人生にも充足感を与える
大きな夢がかなっても、その夢につぶされるように生きていることもある。
自分が納得できる道を追いかけて、生きていく力がだいじ
生きて行くのは覚悟がいることです
いつ病気になるかもしれない
事故に遭うかもしれない
家族を失うことだってあるかもしれない
人の安全に絶対なんてあり得ないのです。
心配ならなにもしなければいい
でも、なにもしないでじっとして生きていることなどできないのも人間
食べていくためにはなにかはしなければなりません。
そうして、どんどん新しいものが生まれた。
文明は人間を自由にしたようで、じつは不自由にしてしまった
そんなことを今年はよく考えました。
生きて行くってどんどんややこしくなるって感じてから
シンプル生活を心がけています。
整理整頓
部屋がスッキリすると気持ちいい
ゼイタク品も広い部屋もいりません。
でも、まだ子どもがガチャガチャするからすぐにひどいことになる
それでも、モノがあふれてるっていうのは考え方によっては
活動している証拠でもある
未来に向けてなにもすることがなくなった人には
必要なモノも欲しいモノもほとんどなくなります。
それはちょっとさびしいですよ!

ということで、めったにないUPをすると長々となりましたが
今年の終わりブログとさせていただきます。
ではまた来年
みなさんお元気で
おやすみなさい眠い(睡眠)

なんだか支離滅裂ですぅ
もうひとつ寝るとお正月〜♪
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ああ今年もがんばったぁパンチ
posted by U-sap at 02:08| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月27日

ヘルパー先 おとうさんとの別離

こんな年もあるのかなぁという年明けのお別れから
今年はたくさんの人とお別れが続いています。

ヘルパー先で援助させてもらっていた、おじいさんが
お亡くなりになりました。
ずっと息子さんと二人三脚のように暮らしていらしたのに、
息子さんが一週間ほど入院している間のことでした。
一週間がのびて実際には20日近い入院になっていたのですが、
耳が遠く電話が使えないので、いつ戻ると知ることなく待っていました。
最後の時を想像すると、
やはり助けを求めたとかお風呂で溺れた事故とかそのようなことなら
ショックです。
でも、私、不思議とお葬式の翌日、息子さんの援助で伺うときも
そのような心配をあまりしませんでした。

私がその週の月曜に伺い、金曜に他のヘルパーさんが伺った晩に
布団に入っておやすみになってそのままだったらしいです。
日曜日の昼、退院してきた息子さんが迎えにきてくれた娘さんと部屋に入り、
発見しました。
時間が経ってるということで事件性が疑われるから動かしてはいけないと
ちゃんと娘さんが警察と救急隊に連絡されました。
家で亡くなった時もそのような手順ですよ。
ご存知でしたか?
家での最期
本当なら、近くにホームドクターなんてお医者さんがいて、
連絡したらとんできてくれる(今はあまりないでしょうか?でも、
どうしたらいいか言ってくれますよね)
昔の家での看取りはそうだったみたいです。
私も一番に浮かびましたが、今は大きな病院の利用も多くて、
うちもホームドクターはいないので、在宅で過ごしていても
やっぱり病気状態になれば最後の最後は病院なのかなと思います。


ということは・・・
もう少し息子さんの退院が遅れていたら、私が発見者だった。
そのようなことも、経験
はじめてのことは誰でも気が動転するでしょうね。
ヘルパーは亡くなっているとわかれば、まず事務所に報告
そこのところ想像するに、亡くなっているかどうかの確認も
気が動転してムリなんじゃないの〜?
異常があったらまず119番?
でも、たいしたことでなく済む時に119番すると
大変な事に・・・なる事例もあると聞きました。
119番はそれでもご老人のこと、だいじをとっても大丈夫でしょうけど
ご近所が大変らしいので早合点には注意だそうです(事務所談)
むずかしい
もちろん倒れていて反応があれば一番目に119番と教わっています。
救急措置も教わっています
でも、それはどこまでできるか・・・
ああ・・・習っていても不安ですあせあせ(飛び散る汗)
看護士経験のあるうちの事務所の代表はきっとムリでしょ! と言います。

金曜のヘルパーさんがどこで亡くなってたか聞くとコワいから
言わんといて〜〜と言ってたそうです。
なので、事務所も聞きません。
でも、私は言いたかったの。そうしたら
「ネっ!◯◯さんは平気でしょ」なんて言います。
「だってぇ、私去年父さん亡くしたし、べつに怖くないもん」
そうしたら、ヘルパーの1人が、
「そうだよね、身内に亡くなった人いないんやろか」って

で、ちゃんと寝る用意してお布団にはいって、寝てる間の一瞬でした
と報告しました。
だってだってもうじき100歳
大正2年春の生まれって満98歳?99歳?

次に伺った時、祭壇の横に脱いだ服が無造作に重なっていました。
きれいにたたみなおして、祭壇とベッドに手を合わせました。
ちゃんと一人でも、自分のことは自分で。
最後にお会いした時、おひとりできれいに過ごしていらして
「おそうじするとこあまりないです」となぜか私は言ったんです。
そして、長いタオルをフキンにしていたので、タオルを切って
いつも座っている所のテーブルを拭く、台拭きを2枚縫うことにしました。
奥様が昨年春に亡くなっていて、法名に「縫」という字がはいり、
刺し子のように重ねて縫った足拭きマットやフキンがあるおうちでした。
そのフキンがすり切れるようにボロボロになってました。
奥の部屋に裁縫箱があるからとおっしゃいました。
私が座り込んでやっていると、
頭の上の電気をつけてくださり、いつも大きくて大変なテレビの音も
消してくださり、
「今日はゆっくりしてすいません。来週息子さんが戻ったら、
いっぱいがんばりますから。これで拭いてくださいね」
そうして終わりました。
危ないから電動機付き自転車をやめるようにと言われても、
最後まで乗り続けて10キロのお米を積んで買い物してました。
禁止されると怒る、ガンコなところもあったと聞きますが、
私のおとうさんとの思い出はとてもあったかい
天国でおかあさんにもう会えたかなぁ


その後息子さんの援助で私が行くのは週2回に増えました。
息子さんもはじめは1日半放置してたと悔やんでいましたが
今は元気を取り戻しています。
あれからもう1ヵ月、月日の流れは早いです。

07_20947-1am.jpg
おとうさんは魚がお好きでした
さわらのような小さめの切り身を真空パックにしたものが
冷凍庫にいっぱいありました
いつもお鍋でうどんやラーメンに野菜や魚や
時にはごはんも入れて煮込んで食べてました
魚好きの男は長生きのデータ
私は信じるかな。。。

posted by U-sap at 00:24| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月31日

NHKドラマ『カーネーション』感想

終わりましたね、『カーネーション』

「わたしは死にました」
って、おもしろいですねぇ

でも、おかあちゃんならこう言うとか
おかあちゃんならこうするとか
たくさんの人の心の中に生き続ける
最後までおちゃめでやる気にあふれ、まわりの人のことを考えて
考えるから支えられ、とてもしあわせな最期を迎えられたんですね

夏木マリさんの糸子役、尾野真知さんが強烈すぎてどうかと思いましたが
終わりに近づくにつれ、とてもとてもいいおばあちゃんを演じていらっしゃったと思います。
カメラマンの母もとてもいいと言ってました。
夏木マリさんご自身が、今ステキに生きてらっしゃるように
他の番組で拝見しました。

やっぱりタイトルの絵と歌がよかったなぁ
前に実写が動くなんて書きましたが、あれもやっぱりCGなんですね!
私が苦手なのはゲームや映画にでてくる、人のようで人のバランスをちがえたCG
あれが気分悪くなるの!!


年度末、忙しくてUPできないか!?
と、悔しい気持ちでいっぱいでしたが、なんとか書けた
こんなところに時間がひらめき

さあ、また4月からがんばるぞ! っと


またまたフリー素材よりお借りしました
ailiaさんの作品です
カーネーション-1ss.jpg
カーネーション


写真素材フォトライブラリーをよろしくおねがいしますかわいい

posted by U-sap at 17:10| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

家族葬

ヘルパー先おじいさんが亡くなった後、次の援助の打ち合わせをしている時に携帯が鳴りました。昨年夏にガン告知を受けた同級生が亡くなった知らせでした。

それから2週間ほどして、カメラマンの妹の嫁ぎ先のお父さんが亡くなりました。
お会いしたのは3度ほど。お通夜とお葬式にお参りだけさせてもらう予定でしたが、お通夜、お葬式、焼き場から帰っての初七日法要までいっしょにいました。
はじめて京都の火葬場に行きました。京都は「おやま」っていうんですね
近年はお父さんは施設に入られていて、お母さんの方が早くから脳梗塞があったりフラフラしてると聞いてました。耳が遠くやせ細って今にも倒れそうな感じでした。
でも、介護できる人がいなくて・・・
妹夫婦は隣の県にマンションを買って引っ越してしまったので、お母さんは一人暮らし。妹夫婦は心配心配と口にしますが、
それならなぜ・・・・・
言いたいことはいっぱいです が、言いません。
言っても聞く耳持たないしね、口出すことではないから。
同居を試みましたが、お母さんは自宅へ帰りヘルパーさんに来てもらってがんばる選択をしました。
そうするつもりなら、最初から部屋を空けておかないと・・・
居場所がない家で暮らしとうない!!
でしょ。誰でも
居候では気分的に落ち着かないもの。
一度別々に暮らすと、なかなかむずかしいですね!

お父さんに親しい知り合いがいたのかどうか・・・
親戚はいるにはいるけど、おつきあいないのに知らせるかどうか・・・
どのようなお葬式をのぞんでいらしたのか・・・
お母さんも何も聞いていません。
結局、正真正銘の家族葬という感じになりました。
ただ、子どもはまだ現役お勤め中ですから、会社の代表、それから町内の代表も来ます。
そこらへんがどのような規模にしたらいいのか体裁も考えて悩むところだったのかもしれません。
とにかく、父と息子(一人っ子)との折り合いが悪かった
だから、家族葬と決めてもむずかしかったのかな。葬儀社の方もちょっと大変そうでした。
一人っ子長男、奮闘する。しんどそうだったな・・・

今は本当に少人数の家族葬も多いみたいです。
私は北海道の身内ではそのようなお葬式は知らないのでちょっとびっくり。でも、京都ではあたりまえのようです。お香典は辞退、となってもうだいぶたちます。

その後にはカメラマンの友人カメラマンのお父さんも亡くなりました。
そちらもだいたい同じで、家計のやりくりからおとうさんが仕切っていて、子どもたちとは別居、家族の誰もなにも聞いてなかったらしく、
ハンコひとつあり場所がわからないと言ってたそうです。
お母さんもやっぱり介護のいる状態
でも、みんな平均寿命を越える長生きをしているということ
そんな時期がやってきてるんです。

でも、そのような話を聞くと、やっぱり生前に話にくい話も
話せる間柄というのが一番ラクかな
ラクにしてお互いに考え悩むことなく身を軽く生きて行こう
まあそのような心境にまでいたっていると
案外、元気に長生きしてくれるかなぁ
カメラマンの両親、この調子でどこまでいけるか
だいじにしてますよ! なんでも話す? かな
嫁はホームヘルパーですぅ
さんですぅ

ああ久しぶりのフレーズ
これでなくちゃ ネ!!


お葬式のこと、考えたことありますか?

数珠-1ss.jpg
写真素材フォトライブラリー
hagakiさんのフリー作品 お借りしました(^_^)
posted by U-sap at 16:59| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

53◯◯さんが好きだったもの

53◯◯
これはヘルパー先のおうちの鍵入れのロックNo.
いつもそこから鍵を出して訪問していました。
先日、入院先の病院でお亡くなりになっていたことがわかりました。

入院したら、そこから先はヘルパーにはわからない。
なにかの折りに事務所の責任者から聞く。今まで入っていた時間に
他のヘルプの予定が振られると、えっ? と思う

53◯◯さんはご主人が亡くなってからうつになり、骨に皮がついてるだけ
といってもいいくらい痩せてガリガリでした。
次男さんは遠くで所帯をもっている。
長男さんは結婚せずに、上の階で犬3匹ときままな暮らし、
のようですけど、やっぱりうつらしい。

53◯◯さんは半年前、はじめてお会いした時から、背中が曲がり、寝たきりでした。
でも、頭はしっかりしていて、いろいろなことを覚えていてお話してくださいました。
寝たきり=あまり意識のはっきりしない人という
私の思い込みがまちがいとわかりました。
朝昼兼用の食事を作って、起きて食べていただく
歯磨き洗面をしていただき、PTの始末をする
骨が折れるからさわっちゃダメで、本人が動くままに見守る
それを繰り返していました。
メニューも決まっていた。
りんごのすりおろしにバナナを少し
長芋のすりおろしにジャコをたたいてのせる
くたくたに素麺をゆでてにゅうめんにする
他には卵豆腐やプリン
それが元旦からの仕事でした。

部屋に入って行くと、いつもラジオから声が聴こえていました。
援助の間は、手をのばし切ってくださるのですが、
今年になって、聴いててくださってかまいませんよ
と伝えると、つけたままになりました。
ラジオの音に癒される感じがしました。
ラジオから外の情報が入るのを楽しみにしている
なので、お天気の状態をお伝えしたり、行事の話ができました。
チャンネルはNHK第一
『ラジオビタミン』そんな番組名を聞いたことがあります。

ひと冬がきびしい
そんなところまできているのかどうか、私にはわかりませんでした。
寝たきりから昏睡、そうして100歳という方もいらっしゃいますからね。
年明けからなんとなく元気がない様子で、少しずつ冷蔵庫に食事の残りが
多くなりました。
飲み込みが悪くなり、ゴエンをして熱が出るようになって入院
一度戻ってこられて、再会が京都マラソンがあった3月11日
QOLが下がっていた
飲み物はすべてトロミをつけて
もう以前の食事つくりは必要なくなりました。
栄養剤的なものばかりです。
がんばって口に運びましょう。病院イヤですからね!
在宅希望とはそーゆーことです。
はげましましたが、いつものうなずきはあいまいでした。

オムツにした方がよくないですか?
責任者に言いましたが、
まだリハパンでいく!と。
ご本人に確認すると
「もう自力で立つのはムリ・・・」

次の時、ちょっと熱い?
でも、いつものように食べられるもの、飲めるもの
口にしてくださいました。
パジャマから下に敷いてあるタオル、小さいシーツまでビシャビシャで
洗濯をする人がいませんから、洗濯して終えました。
その午後は訪問看護がある日でした。
そこで再入院となり、4月の最初にお亡くなりになったそうです。
最後の最後まで在宅でがんばりました。
不思議と悲しみばかりではありませんでした。
臓器がねじれても手術はムリ
最後はモルヒネで痛みをとっていたらしいです。
在宅中も腰が痛くて痛くて、痛み止めが効かないと話してました。
寝ていても体のどこということなく、痛みはかなりなもんだったと思います。
でも、しょうがないと納得しているようで、
弱音を吐いたり、怒ったりなどまったくありませんでした。
いつも、自転車気をつけて帰ってくださいね
と言ってくださいました。
ありがとうございます!と、帰ってきました。
痛みから解放されたんだと思うとホっとするんです。

ただ、最後に訪問した時、なぜかいつものNHKじゃなくて語学講座だった。
合せてみてもわからなくて、調べてきますねと約束しました。
京都は621Hz、大阪は666Hz
合せてあげたかったな
責任者に病院にラジオを持って行ったら、
もう家に帰りたいと言わないんじゃないですかと伝えました。

ともだちはラジオ
私もわかる気がする

一人暮らしのラジオ好き、音楽好きはけっこういはります。

ラジオっていいな ハートたち(複数ハート)

HI3H01410002-2ss.jpg

ご冥福をお祈りします
posted by U-sap at 11:08| エンディングノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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